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家庭でも会社でも自主性を育てるのが一番

皆様、こんにちは。
日本初のモップメーカー日之出株式会社の松本ゆり子です。

私自身が「勉強しろ」とか「ああしろ!こうしろ!」と言われないで育ったので、子どもたちにもあまり強制したことは無かったように思うのですが・・・・昔のことなので、子どもたちがどう感じていたかはわかりません。(笑)

社員の人たちにも命令することはほとんどありませんし、規則で縛るのも嫌いです。もっとも当初は主婦から転身した素人社長でしたから、皆も自主的に動いてしっかりせざるおえなかったのです。

社員さんたちの自主性に任せて運営した方が絶対うまくいくと思います。
工場ですので、安全に関わる約束事は最低限ありますが、そのほかは各々の良識の範囲内です。
以前は就業中面会謝絶でしたが、よっぽどの用が無ければ家人が訪ねてきたりしませんし、以前勤めていた元社員さんの訪問は大歓迎です。
タイムカードもいらないかと社労士さんに相談したのですが、労働基準法に違反してただ働きさせる悪徳企業があるので、無いといけないそうでした。

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工場内のミシンや機械の配置換えや事務所の並び替えも皆の自由に任せてあります。道具や改善に関わる資材の購入も10万円までは、稟議書無しで自由に購入できます。提案書に書けば報奨金も出ますので、改善してくれていることがよく分かって一石二鳥です。

台風が来たときなども、私がうっかりしていても現場から「仕事を打ち切り帰ってもいいか。」と連絡がきますので、安心です。反対に暴風警報が出た時には、シニアメンバーが雨の中全員出社してくれました。若いお母さんメンバーが来られないので、会社が困ると自主的に判断して助けてくれたのです。

特に事務所では、お客様やお取引先様との課題に自主的に対処してくれて助かっています。 日之出メンバーは声が大きいので、問題が起きるとすべて筒抜けなのですが、適宜相談して最善の処置をしてから報告にきてくれますので、私はよっぽどのことでない限り出て行きません。
同じように仕事するなら、指示命令されてするよりも自主的にした方がずっと楽しいです。

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行くところのなくなった社員さんのわんちゃんも三年間、会社で飼っていたこともありました。

一日のうち多くの時間を会社で過ごすのですから・・・
楽しく仕事をするのが一番ですね。

ゆりこ

つながりの経済・出会いを大切にして、SNSで友情を育み、いつの日か素晴らしい花を咲かせたい。

皆様、こんにちは。
日本初のモップメーカー日之出株式会社の松本ゆり子です。

昨日アート書家の本田蒼風さんの記事を書きましたが、蒼風さんに初めてお会いしたのは、2010年2月18日でした。なぜそんなにはっきり日にちを覚えているかというと、ブログに書いていたからです。

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有限会社エニシング様のHPより転載
芳賀織布工場の芳賀社長から、豊橋の帆前掛けを世界に発信している西村社長のことを聞き、興味を持ち書いたブログをUPして良いかとメールした直後、ご本人から電話をいただいたのが、2009年10月1日のことでした。

芳賀さん、前掛けと共にニューヨークへ!

そのあとすぐ、2009年10月4日、芳賀織布さんで織っていただいたエコ帆布製の「OTOMEバッグ」を伊勢丹新宿本店の「ニッポンのて仕事展」に出展中、西村社長が会場に見に来てくださったのです。その時は芳賀社長や、浅井様、完和萬染様も応援に来てくださり嬉しかったです。

伊勢丹での「OTOME FUO (おとめ ふう)」です。 

 
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そして2010年2月18日ギフトショーに初出展された西村社長に会いに出かけた折、ランチ会に招待していただき、蒼風さんをご紹介いただいたのでした。

「帆前掛け」世界発信・エニシング西村社長の決意表明

その時ゴルフ練習場での書道パフォーマンスに使う巨大筆に困っていると聞き、冗談のように「バレンモップ」をお送りしたら、何とその様子が「週刊パーゴルフ」に大きく掲載されて驚くことになりました。

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2010年3月23日、東京大田区馬込のゴルフ練習場で開催された蒼風さんの「WA ta SHI」展に伺うと、見知らぬフランス人の青年が来ていました。

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片言の英語で聞いてみると「facebook」を見てきたそうです。「フェイスブック?」、その時の私には、見たことも聞いたこともない言葉でした。蒼風さんが「あぁ、顔が並んでいるやつです」 「????」 なんだかよくわからないけれど、「フェイスブック」を見るといろんな情報がわかる凄いツールらしいと思いました。

本田蒼風「WA ta SHI」展

2010年3月にツイッターに登録、顧問の大平経営会計の大平社長に教えていただき、豊橋で一番フォロワーが多い豊橋の看板屋さんこと市橋さんに出会い、にいろいろご指導していただくことに・・・。2010年秋に大平先生のすすめで、「Facebook」開始、最初は何のことやらさっぱりわからなかったのですが、蒼風さんや西村社長も登録されていることに気づき、友達になりました。これまでは、芳賀社長から案内状をいただかなければ、西村さんたちの情報はわからなかったのですが、Facebookのおかげで、遠く離れていても様子がわかるようになりました。
そんなわけで、個人的な関係が続いてきましたが、今年思い切って蒼風さんにアート書のデザインを依頼してみました。

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お試しのつもりでプリントした玄関マットが思いの外素晴らしい出来ばえでした。どのように展開していこうか、蒼風さんの大ファンとして、じっくりと大切に育てていこうと思います。

 
ゆりこ

日之出株式会社は2月4日に創業94周年を迎えました。

皆様、こんにちは。
立春の今日、東京は雪の予報が出ていましたが、皆様の地方はいかがでしょうか。
日之出株式会社は創業94周年を迎えました。

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創業者松本繁次郎が、大正9年2月4日東京深川にて
平安堂松本商店を開業したのが日之出の始まりです。

アメリカの商社・伴新三郎商店の命を受けて、自動車会社を起こした繁次郎が、
なぜモップを作り始めたのかはよくわかりません。

10年近くの英米滞在を経て帰国した繁次郎が、横浜伊勢佐木町の材木問屋の長女
高瀬キイと結婚し、 赤坂に新居を構えたのは間違えがありません。祖母が「あんなへんぴなところに住んで淋しかった。」と言っていたのは私も直接聞きました。

当時の横浜は外国人も多くとても賑わっていて、明治時代にキリスト教の幼稚園に通い牛鍋を普段から食べるような家に育った娘ですので、洋行帰りの繁次郎にも合うのではということで結婚したと聞いています。

モップと言っても誰も知らないころ、一から作るのですから大変です。
モップだけでは商売にならないので、箒などの掃除用品も扱っていたようです。
繁次郎ももちろんですが、キイもモップ造りを手伝ったり、住み込みの使用人の世話をしたりと大変だったようです。毎日2升のご飯を炊いていたそうで、私がお嫁に来たころも炊飯の水加減は祖母の仕事でした。

当時の洋行帰りは、ハイソサイエティな方ばかりで、そんな裕福な方々とお付き合いをしながら、 地道な商売を続けて行くのも気苦労だったと思います。

生前祖母は口うるさくて皆から煙たがられたのですが、会社を経営してみると、
祖母の苦労は並大抵では無かったのだと思うようになりました。
そういえば繁次郎の親友・・・私達の仲人の伯父さんが、
「キイさんの功績が一番大きかった。」と言っていたのを思いだします。

創業94周年にあたり、創業者松本繁次郎を支えた祖母の功績も讃えたいと思います。

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日之出の歴史を振り返り、常に新しい製品の開発に努力して来た姿勢を
踏襲していかなければならないと思っています。

皆様、今後ともよろしくお願い申し上げます。

 
ゆりこ
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松本百合子

日之出株式会社

有限会社ダストクリーン

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