Posts Tagged ‘#本田蒼風’

つながりの経済・出会いを大切にして、SNSで友情を育み、いつの日か素晴らしい花を咲かせたい。

皆様、こんにちは。
日本初のモップメーカー日之出株式会社の松本ゆり子です。

昨日アート書家の本田蒼風さんの記事を書きましたが、蒼風さんに初めてお会いしたのは、2010年2月18日でした。なぜそんなにはっきり日にちを覚えているかというと、ブログに書いていたからです。

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有限会社エニシング様のHPより転載
芳賀織布工場の芳賀社長から、豊橋の帆前掛けを世界に発信している西村社長のことを聞き、興味を持ち書いたブログをUPして良いかとメールした直後、ご本人から電話をいただいたのが、2009年10月1日のことでした。

芳賀さん、前掛けと共にニューヨークへ!

そのあとすぐ、2009年10月4日、芳賀織布さんで織っていただいたエコ帆布製の「OTOMEバッグ」を伊勢丹新宿本店の「ニッポンのて仕事展」に出展中、西村社長が会場に見に来てくださったのです。その時は芳賀社長や、浅井様、完和萬染様も応援に来てくださり嬉しかったです。

伊勢丹での「OTOME FUO (おとめ ふう)」です。 

 
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そして2010年2月18日ギフトショーに初出展された西村社長に会いに出かけた折、ランチ会に招待していただき、蒼風さんをご紹介いただいたのでした。

「帆前掛け」世界発信・エニシング西村社長の決意表明

その時ゴルフ練習場での書道パフォーマンスに使う巨大筆に困っていると聞き、冗談のように「バレンモップ」をお送りしたら、何とその様子が「週刊パーゴルフ」に大きく掲載されて驚くことになりました。

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2010年3月23日、東京大田区馬込のゴルフ練習場で開催された蒼風さんの「WA ta SHI」展に伺うと、見知らぬフランス人の青年が来ていました。

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片言の英語で聞いてみると「facebook」を見てきたそうです。「フェイスブック?」、その時の私には、見たことも聞いたこともない言葉でした。蒼風さんが「あぁ、顔が並んでいるやつです」 「????」 なんだかよくわからないけれど、「フェイスブック」を見るといろんな情報がわかる凄いツールらしいと思いました。

本田蒼風「WA ta SHI」展

2010年3月にツイッターに登録、顧問の大平経営会計の大平社長に教えていただき、豊橋で一番フォロワーが多い豊橋の看板屋さんこと市橋さんに出会い、にいろいろご指導していただくことに・・・。2010年秋に大平先生のすすめで、「Facebook」開始、最初は何のことやらさっぱりわからなかったのですが、蒼風さんや西村社長も登録されていることに気づき、友達になりました。これまでは、芳賀社長から案内状をいただかなければ、西村さんたちの情報はわからなかったのですが、Facebookのおかげで、遠く離れていても様子がわかるようになりました。
そんなわけで、個人的な関係が続いてきましたが、今年思い切って蒼風さんにアート書のデザインを依頼してみました。

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お試しのつもりでプリントした玄関マットが思いの外素晴らしい出来ばえでした。どのように展開していこうか、蒼風さんの大ファンとして、じっくりと大切に育てていこうと思います。

 
ゆりこ

地域のつながりを大事にする本田蒼風さん☆SNSでファンが無限大に!

皆様、こんにちは。
日本初のモップメーカー日之出株式会社の松本ゆり子です。

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アート書家の本田蒼風さんから、先日の個展で購入した作品が届きました。

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蒼風さんのアート書とお母様の陶芸のコラボ作品の豆皿と一輪挿しです。お父様とお祖母様が書家とは伺っていましたが、お母様の陶芸は初めて知りました。

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お母様の作品には「登る君」というのがいて、作品の中で一所懸命登っています。可愛くてなぜか胸を打たれるひたむきさが新鮮です。さすが蒼風さんのお母様と感心して購入させていただいたのです。

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5月27日から31日まで、東京大泉学園の静かな住宅街にある蒼風さんのアトリエで開かれた個展は大勢のファンで賑わっていました。
私は28日の土曜日の午後、イベントが終わるころにお伺いしました。まだお話が続いている室内を覗くと、手を振ってくれる人がいます。一昨年渋谷でアート書講座で一緒に勉強した成海さんです。掛軸師の佐河太心先生も気がついて手招きしてくださいますので、入室し勧められるまま空けてくださった椅子に座ると目の前にもう一人の仲間の祐美子さんもいらっしゃって再会を喜びあいました。和やかな雰囲気の中で楽しい時間が過ぎ、講座の参加者が帰るのと入れ代わりにお弟子さんや蒼風さんのファンらしきご家族、ご近所の方々も次々来場して賑やかです。

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お花の先生ともコラボされたという事で、会場のあちこちに素敵なお花が書と共に飾られています。大きな水差しを持った年配の女性が、お花に水を補給しているので、お花の先生かと思ったのですが、ご近所の方でした。通りかかる親子連れに「運動会終わった」と蒼風さんが声をかけているので、ご近所の方も多いようでした。
やがて蒼風さんの愛息イクオ君が、お父さんと共に保育園から帰って来ました。数カ月前、初対面の私に平気で抱っこされていたイクオちゃんですが、「どうじょ」と愛想はいいのですが、近づいて来ませんでした。

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いつ見ても蒼風さんの作品は斬新で美しく迫力があるのですが、

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蒼風さんの衣装も素敵でした。蒼風さん作の空海の言葉のアート書を厚手のニット生地にプリントして自分で仕立てたワンピースでした。前後を逆に着ると全く違った風情になるそうです。蒼風さんの独創性には驚かされます。やっぱりこの人は天才なのだと改めて感動します。天才らしからぬ庶民性、親しみやすさも蒼風さんの魅力です。周りの人々に自分から飛び込み皆を笑顔にする蒼風さんの愛が地域の人々に受け入れられ、その方々のSNSによって更に拡散されていくのです。

蒼風さんの素晴らしいアート書をもっともっと世の中に広め、多くの人に仕合わせをお届けしたいと願っています。

 
ゆりこ

 

復刻一号前掛け「一生青春」の文字がぴったりの会長様です。

昨日仕入れ先の紡績メーカーA社を訪問しました。
会長は八十を超え耳が少し遠くなられましたが元気で毎日出社されています。

今から14年半前のある日、当時は社長だったAさんから電話がかかってきました。
「奥さん、ご主人が亡くなられてさぞお困りでしょう。ご支援します。お値下げもしましょう。」専業主婦から社長になって、銀行の厳しい貸し剥がしにあっていたころですので、まさに地獄で仏、A社長の言葉が神のように響いたことを思い出します。

仕入れ先への挨拶巡りで、初めてお会いしたA社長は小柄ながら眼光鋭く、さすが一代で紡績会社を築かれた気迫に満ちていました。あの時も夕食をご一緒にとのお誘いをお断りしてしまい、残念がられていましたね。

その後、一度は日之出に来てくださり、私も何回かご訪問して、繊維のことを教えていただきました。特に高級なジーンズの糸を得意として、いかに不揃いなネップを出すのが難しいかというような、アパレルの考え方に感心しました。

世の中に出回っているレンタルモップのモップの原糸はたいていA社の綿糸が使われているののですが、A社の売り上げの5%にしかすぎないと聞いてびっくりです。モップがいかにニッチな業界だということがわかります。

三年前、社長をバトンタッチしたお孫さんとにこやかに出迎えて下さった会長さんに、やっと昨年銀座三越で購入した本田蒼風さんの書入りの前掛けをお渡しすることができました。

高品質で有名なA社の太番手の糸を豊橋の芳賀織布工場で織り上げて、藍色に染められた前掛けに、アート書家の本田蒼風さんに私が選んだ文字を書いていただきました。A会長のお顔を思い浮かべながら、「一生青春」これしかないとと思いました。

箱からだした前掛けがA社の糸で織られていると聞いてびっくりされました。
「一生青春」をA会長のために書いてもらったと聞き、また驚かれます。

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「はつらつとしてあなたの方がぴったりじゃないの。」なんて言いいながらも前掛けを締めて、社員さんに見せに行かれました。喜んでいただいて良かった。これでご恩返しができたわけではないのですが、気持ちだけでもお伝えできて良かったです。

夕食を一緒にというお誘いをまたお断りして、近くの大阪産業創造館で開催されるセミナーに向かいます。
去年もお断りしてごめんなさい。数年前お昼に美々卯本店でご馳走になりましてありがとうございました。あれから大阪に来るたび美々卯さんのおうどんをいただくのが楽しみになりました。

またお会いできる日を楽しみにモップづくりにに励んでまいります。

 
ゆりこ

 
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